越前和紙 千五百年の技と用具

すべての工程にこだわった、ごまかしのない奉書紙。

奉書紙は楮を原料として漉かれた紙で、
室町時代には公文書として武家に用いられていました。
越前奉書は品質の良さが評価され、江戸時代には一大産地となりました。

奉書紙

ごまかしのない良い奉書紙を、
忠実に作り続ける。
人間国宝 九代 岩野 市兵衛さん

岩野さんが手がける奉書紙は、良質な原料を選び、手間と時間を惜しまない丁寧な職人技で作り出されています。昭和43年には、「越前奉書」として工芸技術分野において国の重要無形文化財に指定。八代 岩野市兵衛が、その技術保持者として人間国宝に認定されました。平成12年には、九代 岩野市兵衛さんが保持者として人間国宝に認定されています。
「いかに忠実に紙をつくっているか。ごまかしのない良い紙を作るため、地道な仕事をしています」と表情を引締める岩野さん。

岩野さんの奉書は、主に木版画用紙として使用され、第一線で活躍する芸術家から高く支持されています。その魅力を、「発色の良さ、摺りやすさ、丈夫で長持ちするところ」と語る岩野さん。
例えば、緻密な木版画の作品では300回以上色を摺り重ねることがあるのですが、岩野さんの奉書紙は何度摺っても伸びて傷んだり破れたりすることはありません。昔ながらの和紙づくりの作業を守り続ける岩野さんだからこそできる品質の高さです。「今では楮の傷を消すために漂白してしまうところがほとんどです。しかし、私は塵選りという、流水の中でひとつひとつ傷を手で取り除く昔ながらのやり方を続けています」。

楮をほぐす叩解という工程でも、岩野さんは機械だけでなく、昔から使われている樫の棒で叩いてほぐす手作業にこだわっています。
岩野さんの職人歴は約60年。しかし、「紙漉きは、死ぬまで1年生」と自分自身を厳しく律しています。「父は『ごまかすな』と言いました。ごまかすことは、手を抜くことです」。また、自ら気をつけているのは「あわててはいけない」ということです。「家族には『昨日より1枚でも多くと思うな。良いものを作れ』と言っています」と襟を正す岩野さん。「そうやって良い紙ができたときは、生きがいを感じますね」と、静かに微笑みました。

奉書紙のこだわり

塵選り
塵選り
楮の成長段階で芽が出たり枝が擦れあったりしたところは、樹皮に傷として残ります。川小屋と呼ばれる作業場に湧き水を引き込み、枕木で体を支えながら流水の中でひとつひとつその傷を手作業で丁寧に取り除いていきます。
叩 解
叩 解
塵取りの終わった楮を、厚みのあるケヤキ板にのせ、樫の棒で叩いてほぐすことを「叩解」と言います。昔ながらの手打ちとなぎなたビーターという機械を併用することで、繊維の長い楮を均一にほぐすことができるのです。
ネリ
ネリ
ネリと呼ばれる粘りのある液体には、茨木県産のトロロアオイと北海道のノリウツギを使用。2種類のネリを独自に配合して漉槽に入れています。「ノリウツギは値段は高いが、ものすごくやさしい良いネリができるんですよ」。
水
越前和紙の里の水は、軟水で中性です。これは和紙漉きに非常に適しており、岩野さんは和紙づくりにおいて谷川の水と井戸水を使っています。「水に恵まれているからこそ、越前和紙が今日まで残っているのだと私は思います」。